Ads by Google

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--年--月--日 | スポンサー広告

ブラックマンデー再び。月曜暴落の本質

1929年10月24日の木曜日。
暗黒の木曜日とは(ブラック・サーズデーとは)、この日にNYウォール街の証券市場で起きた株価大暴落のことを指して言う。

1987年10月19日月曜日。
ブラック・マンデーとは、この日にやはりNY株式市場で発生した大暴落のことを指して言う。

2008年9月15日月曜日。
この日のNY株式市場大暴落のことを、後世でどのような名称で呼ぶことになるか注目する必要がある。



1929年のいわゆる世界大恐慌は、各国とも第一次世界大戦での疲弊が残っていたことで世界連鎖に直結した。
特に日本では関東大震災も起きていたため、すでにアメリカよりも数年前から日本独自の金融恐慌が始まっていた。

1980年代のブラックマンデーは、「強いアメリカ」を謳ったレーガン大統領政権のもとで起きた。
世界的な金余り現象が株ブームになっていることまでは誰もが知っていた。
いつかは下がる時が来る、とは思いつつ、誰も理由がわからないまま発生したこの日の暴落は、やがて当時始まったばかりのコンピューター自動裁定売買のしくみが発端であることが判明する。

欧米各国では、株式市場へ異常に流れ込む資金を引き締める方向に動いたが、日本はそうはいかなかった。
日本はかねてから対米輸出黒字が大きすぎることに外圧を受けていたので、内需振興を国策とした。
輸出しないで内需を拡大するとは何をどうすれば良いのか?という回答が、不動産取引と建設の振興だった。
その結果、土地を買い、ビルを建て、支払いが終わらないビルを担保にしてさらに融資を受け、もっと土地を買いビルを建てるというバブル景気を生んだ。
そしてバブル融資の立役者であり、東京株式市場へ闇の資金源となったのが、「いわゆる住専」と呼ばれた住宅専門金融各社だった。

住専がつぶれ、証券会社がつぶれ、絶対ありえない筈だった長期信用銀行が全てつぶれた。


一昔も二昔も前の日本で起きたバブル崩壊平成大不況は、今のアメリカが発信源となったサブプライム危機と本質的にまったく同じである。

にもかかわらず、なぜアメリカが今頃になって建設バブル崩壊の痛手を蒙っているのか、当時の日本を知る人々には不思議に映る。


日本のバブル崩壊は日銀の方針で土地取引への融資規制から始まったが、アメリカのサブプライム危機は貧しい人々が本当に住宅ローンを払えなくなって発生した。
だから問題が違う、と静観していたのだろうか?
どちらも、価値が下がることなく上がり続ける、という物理的にありえない尺度を担保にしていた本質を忘れてはいけない。
2008年09月16日 | 経済

あなたとは違うんです

あなたとは違うんです



北京オリンピックへ出陣する日本代表選手に向かって

「ま、せいぜい頑張って下さい」

とのたまった福田康夫氏。

オリンピックが終わると、

「あなたとは違うんです」

の名言を残して、サプライズ辞任。



ま、せいぜい頑張ったんでしょう。
一年間、内閣改造一ヶ月間、ね。


自分を客観的に見ることができないあたしたち国民とは違って。
せいぜい、
・・・ね。

これ、軽口なんかじゃありません。
心からの慰労でございます。


http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080902-00000023-zdn_n-sci

2008年09月02日 | Comments(108) | Trackback(0) | 社会
 | HOME |  NEXT »»

ユーザータグ

知りたいメニュー

ジャンル

トピックス

月別アーカイブ

アソシエイツ